Blue Velvet ☆ 音彩ブログ

As time goes by.~日々の残像~ここは日常のヒトコマを切り取る場所。日々の想いや感じたままの言葉の置き場所。

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いろんな意味で始まりの日 

2013-04-03.jpg

昨日、ほとんど台風なみの雨や風でした。あああああ無残にも丸ごと落ちていた。
傘がぶっ飛ぶほどだから花もたまったもんじゃない・・・そろそろ東京の桜もフィナーレ・・・か。


桜が人の心を乱すものとは世の常のこと、いまさら言うべきこともないはずなのに、
それでも、散ってゆく桜を見て、桜の美しさの盛りを思うことができるというのだから、
西行法師というヒトの感性なり悟りの境地はやはり恐るべし。

西行には桜の歌が230首あるという。松が34首、梅が25首というのだから、桜への傾倒は言うに及ばず。
自身も『たぐひなき花をし枝に咲かすれば桜に並ぶ木ぞなかりける』と詠んで、
素直に桜を筆頭にあげている。
さらには『ねがはくは花の下にて春死なんその如月の望月のころ』という有名な歌が、
西行のよほどの桜好きをあらわしている。それほどに西行は桜を詠んだ。
年々歳々、桜の季がくるたびに、西行は乙女のように花と戯れ、翁のように花の散るのを惜しんでいる。


      梢うつ雨にしおれて散る花の
               惜しき心を何にたとへむ
  -西行-


桜が咲き始めるころは、今年も桜が咲いたか、どこかに見に行くかと思い、
桜が真っ盛りのころはその下で狂わなければなあ、去年もゆっくり桜を見なかったなあと思い、
そのうち一雨、また二雨が来て、ああもう花冷えか、もう落花狼藉かと思っていると、
なんだか急に落ち着かなくなってくる。
寂しいというほどではなく、何か「欠けるもの」が感じられて、所在がなくなるのである。


       春風の花を散らすと見る夢は
                さめても胸のさわぐなりけり
 -西行-


そのくせ結局はいつも何もできないうちに、花はいよいよ無惨とも、平然とも、艶然とも、はらはら散っていく。
せいぜい十日あまりのことだったのに、何かがまた終わってしまう、欠けていくと感じてしまうのだ。
こうして、その年にたとえどれほど花見をしようとも、たとえどれほど桜の宴を催そうとも、
花は花が散ったところからが「花」なのだ。そして「生」なのだ。

こんな僕らはやっぱり前を向いて、たとえそのもっと先に死が待っていても進むしかないんです。
まだ来ぬ未来のために、せっせと荷造りをし続ける僕らを、誰かさんは笑って見てんでしょうかね。
そんな誰かさんの手の中で転がされてるだけだとしても、たとえそれが事実として受け入れられたとしても、
結局はそんなこと知っちゃいねえよ、って自分はやっぱり嘯くんでしょうけどね。
それが人間の持つ矜持ってやつですよ、ええ。
もうすぐ50になるオレの人生はね、アンタがたの一言でそんなに軽くポイ捨てできるもんじゃありませんよ。
背負っているのも大きいし、重装備にもなった。残念ですけどね。
今はまだ人生の何が成就なのか全くわかりませんけど、とにかく両親からいただいたこの生命と人生、
いけるところまではいかせてもらいまっせ。

ん?なんだか温度差の激しい支離滅裂な文章になってしまった。怒ってんのかヲイ(笑)

口直しちゃなんだけど、これ聴いてみるか。
Heart Of Gold (ニール・ヤング、1972年4th「ハーヴェスト」収録曲)



懐かしい曲。

そう・・・

歳を重ねていこう、気持ちを重ねていこう!!

That keep me searching for a heart of gold
And I'm getting old



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category: 【 随筆的なサムシング 】

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tag:     西行  ニール・ヤング  1972年 
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